【経験者向け】発達障がい児の「耳から入る情報」の理解をサポート:指示や会話を聞き取る力を育む家庭での応用ヒント
はじめに
発達障がいのあるお子さんのサポートを日々実践されている保護者の皆様へ。お子さんの成長とともに、これまでとは異なる課題に直面することもあるかと存じます。基本的な対応方法に加え、さらに一歩踏み込んだ応用的なサポートについて知りたいとお考えの方もいらっしゃるのではないでしょうか。
お子さんの個性の一つとして、「耳から入る情報(聴覚情報)」の処理に困難さを抱える場合があります。これは、単に聞こえにくいということではなく、耳で音や言葉を受け取った後に、それを脳で整理・理解するプロセスに特有の特性があることを指します。
この聴覚情報処理の困難さは、日常生活において、指示が通りにくい、会話のキャッチボールが難しい、雑音のある場所での聞き取りが苦手など、様々な形で現れることがあります。特に、視覚情報と比べて耳から入る情報は形がなく、瞬時に消えてしまうため、お子さんにとっては掴みにくい情報源となり得ます。
本記事では、聴覚情報処理に特性があるお子さんに対して、家庭で実践できるより具体的な応用的なサポート方法や声かけのヒントをご紹介いたします。お子さんの「聞き取る力」「理解する力」を育み、社会生活をスムーズに送るための一助となれば幸いです。
聴覚情報処理の困難さとは?
聴覚情報処理の困難さは、以下のような具体的な状況で現れることがあります。
- 雑音の中での聞き取りが難しい: 周囲が騒がしい場所(学校の教室、ショッピングモールなど)で、特定の声や指示を聞き分けることが難しい。
- 複数の指示を一度に聞くと混乱する: 「おもちゃを片付けてから手を洗って、それからおやつにしようね」のように、いくつかのステップを含む指示が理解しにくい。
- 早口や抽象的な言葉の理解が追いつかない: 話すスピードが速すぎたり、具体的なイメージが湧きにくい言葉(例:「後で」「適当に」「ちゃんと」など)が理解しにくい。
- 長い話を聞き続けるのが難しい: 会議や授業、長い説明などの途中で集中力が途切れたり、内容が分からなくなったりする。
- 言葉の微妙なニュアンスや比喩表現の理解が難しい: 皮肉や冗談、行間を読むといったことが難しい。
- 相手の話を聞いているように見えても、内容を理解していないことがある: 相槌は打てるが、実際には言葉が頭に入っていない状態。
これらの特性は、お子さんの「聞こうとしていない」のではなく、脳の情報処理の仕方の特性によるものです。これを理解することが、サポートの第一歩となります。
家庭で実践できる応用的なサポート方法と声かけ
お子さんの聴覚情報処理の特性を踏まえ、家庭でできる具体的なサポートと声かけのヒントをいくつかご紹介します。基本的な「短い指示を出す」「視覚的に伝える」といった方法に加えて、さらに効果を高めるための応用的な工夫です。
1. 環境調整と「聞く準備」を促す
【応用ヒント】
- 静かな場所での声かけを徹底する: 指示や大切な話をするときは、できるだけ静かな環境を選びましょう。テレビや音楽を消す、他の家族の会話から離れるなど、環境を意識的に整えます。
- イヤーマフやノイズキャンセリングの活用: 外出先や家の中でも、特定の音が気になるお子さんには、聴覚過敏を和らげるためのツール(イヤーマフやノイズキャンセリング機能付きヘッドホンなど)を試してみるのも良いでしょう。これにより、必要な音に集中しやすくなることがあります。
- 「聞く準備」を促す声かけ: 突然指示を出すのではなく、「〇〇くん/ちゃん、今から大切なお話があるから、少し手を止めて聞いてくれる?」のように、事前に注意を向ける声かけをすることで、お子さんが耳で聞くモードに切り替えるのを助けます。
2. 指示・声かけの工夫(応用編)
基本的な短い指示に加え、より複雑な指示や長い話を伝える際の応用的なテクニックです。
【応用ヒント】
- 指示を「構造化」して伝える: 複数のステップを含む指示は、分解して一つずつ伝えます。例えば、「おもちゃを片付けて、手を洗って、おやつ」という指示は、「まず、おもちゃを全部この箱に入れてね」「おもちゃが終わったら、次はお手洗いに行って手を洗ってきてね」「手が洗えたら、テーブルの席に座ってね。おやつを出すよ」のように、完了の確認を挟みながら段階的に伝えます。必要であれば、「まずはこれだけ」「これが終わったら次を言うね」と予告を入れるのも効果的です。
- 「キーワード」を強調・繰り返し伝える: 大切な単語や行動を、少し強めに言ったり、繰り返したりします。「ごはんだよ!」「まずは手を洗ってね」。
- 指示と視覚情報を強力に組み合わせる: 言葉での指示に加え、絵カード、写真、文字、ジェスチャーなどを積極的に活用します。指示の内容を紙に書いて渡す、写真で次の行動を示す(例:着替えのステップを写真で見せる)、ジェスチャーで「座る」「立つ」などを加えるなど、耳と目の両方から情報が入るように工夫します。特に、時間や場所など抽象的な情報は、視覚化が有効です。
- 「聞こえた?」の確認ではなく「なんて聞こえた?」と具体的に聞く: 指示を伝えた後、「聞こえた?」と聞くと「うん」と答えることが多いですが、理解しているとは限りません。「ママ/パパ、なんて言った?」「何をしてほしいって言った?」と具体的に聞き返すことで、お子さんが指示内容を把握できているかを確認できます。間違っていても否定せず、「惜しいね、〇〇してほしいんだよ」と優しく訂正しましょう。
- 肯定的な言葉遣いを心がける: 「~しないでね」よりも「~してね」という肯定的な言葉遣いの方が、脳が具体的な行動をイメージしやすく、指示が通りやすい場合があります。「走らないで!」ではなく「ゆっくり歩こうね」。
3. 「聴き取る力」を育む遊びやトレーニング
家庭での遊びを通して、楽しみながら聴覚情報への注意を向けたり、必要な情報を選び取ったりする練習ができます。
【応用ヒント】
- 「音当てクイズ」: 家の中や外で聞こえる音(例:チャイム、車の音、鳥の声、洗濯機の音など)を一緒に聞いて、「何の音かな?」と当てる遊び。音に意識を向ける練習になります。
- 「絵カードを使った指示遊び」: いくつかの絵カード(動物、乗り物、食べ物など)を用意し、「ゾウさんをとってね」「バナナとリンゴを順番に渡してね」のように、カードを使った簡単な指示ゲームを行います。指示の通りに絵カードを並べたり、持ったりする練習になります。
- 「リピート遊び」: 短い単語やフレーズ、数列などをママやパパが言って、お子さんに繰り返してもらう遊び。「あ、い、う」「いぬ、ねこ」「1、3、5」など、難易度を徐々に上げていきます。聞いた音を記憶し、再現する練習です。
- 「宝探しゲーム」: 「〇〇(場所)にある、△△(色や形の特徴)のものを探してきてね」のように、具体的な指示で物を見つけさせるゲーム。指示を正確に聞き取り、実行する練習になります。
これらの遊びは、お子さんが楽しんで取り組めるように、無理強いせず、できたことをたくさん褒めることが大切です。
4. 「理解する力」を深めるサポート
聞いた内容を単に繰り返すだけでなく、その意味や内容を理解するためのサポートです。
【応用ヒント】
- 聞いた話を「見える化」する: 会話や簡単な説明を聞いた後に、その内容を絵に描いたり、キーワードを書き出したりする活動を取り入れます。「今日あった楽しかったことを絵に描いてみようか」「お話に出てきたお友達の名前を書いてみる?」など。
- 「それはどういうことかな?」と一緒に考える: お子さんが話を聞いていて「?」となっている様子が見られたら、「〇〇って、こういうことかな?」と別の言葉で言い換えたり、具体例を挙げたりしながら一緒に考えます。抽象的な言葉や新しい言葉が出てきた際には、その場で分かりやすく説明する習慣をつけましょう。
- ストーリーテリングや読書を活用する: 物語を読んだり聞いたりした後、登場人物の気持ちや、次に何が起こるかなどを一緒に話し合います。話の流れや因果関係を理解する練習になります。
- 「〇〇(指示内容)ができたね!」「△△(会話内容)って言ってたね、すごいね!」と具体的な行動や言葉をフィードバックする: 何をどのように理解したのか、あるいは理解できなかったのかを、フィードバックを通して明確にします。
応用・発展的な視点と注意点
- 疲労やストレスの影響を考慮する: 聴覚情報処理には多くのエネルギーを必要とします。お子さんが疲れていたり、ストレスを感じていたりする時は、聞き取りや理解がさらに難しくなることを理解し、無理のない範囲でサポートしましょう。休憩を挟むことも大切です。
- 学校や専門機関との連携: 家庭での工夫を学校の先生や放課後デイサービスの職員と共有することで、環境全体で一貫したサポートが可能になります。お子さんの困りごとや家庭での成功事例を具体的に伝え、「こんな声かけが効果的です」といった情報を提供すると良いでしょう。また、聴覚情報処理に特化した困りごとが顕著な場合は、言語聴覚士(ST)などの専門家に相談し、より専門的な評価やトレーニングを受けることを検討することも有効です。
- お子さんの自己理解をサポートする: 年齢に応じて、「〇〇ちゃんは、耳で聞くのが少し苦手な時があるみたいだね」「こんな風に(例:ママの顔を見て、静かな場所で)聞くと分かりやすいよ」のように、お子さん自身が自分の特性を理解し、どうすれば聞き取りやすくなるかを知る手助けをします。これにより、お子さん自身が困ったときに「もう一度言ってください」「書いてもらえませんか」といったヘルプを求める力が育まれます。
- 長期的な視点を持つ: 聴覚情報の処理能力は、学習や社会生活(就労、人間関係など)のあらゆる場面で重要になります。焦らず、お子さんの成長に合わせて、段階的にサポートを続けていくことが大切です。
まとめ
発達障がいのあるお子さんの聴覚情報処理の困難さは、目に見えにくいため、対応に悩むことも多いかもしれません。しかし、これはお子さんの個性の一つであり、適切な理解と応用的なサポートによって、その影響を和らげることができます。
家庭で環境を整えたり、声かけや指示の伝え方を工夫したり、遊びを通して聴き取る力を育んだりすることは、お子さんのコミュニケーション能力や社会性を育む上で非常に有効です。ご紹介した具体的なヒントが、日々の療育に役立てば幸いです。
一人で抱え込まず、学校や専門機関とも積極的に連携しながら、お子さんのペースに合わせてサポートを続けていきましょう。お子さんの「耳から入る情報」の理解が進むことは、きっとお子さんの世界をより豊かなものにしてくれるはずです。