【経験者向け】発達障がいのあるお子さんの「待てない」行動の背景を理解し、家庭で育む具体的な待つ力の応用ヒント
はじめに
お子さんの成長に伴い、ご家庭での対応に新たな課題が出てくることは少なくありません。中でも、「待つこと」は、日常生活や社会生活を送る上で避けて通れないスキルでありながら、発達障がいのあるお子さんにとって大きなハードルとなることがあります。
基本的な発達障がいの特性について理解されている保護者の皆様も、お子さんの「待てない」という行動に、単なるわがままとは違う難しさを感じ、対応に悩まれているのではないでしょうか。この「待てない」は、衝動性や時間感覚の捉え方、将来の見通しの立て方など、様々な特性が複合的に影響している可能性があります。
この記事では、発達障がいのあるお子さんの「待てない」行動の背景にある特性についてさらに理解を深め、ご家庭で実践できる具体的かつ応用的な「待つ力」を育むためのサポート方法や声かけのヒントをご紹介します。お子さんが落ち着いて待つ経験を積み重ね、少しずつ自信を持って「待つ」ことに取り組めるようになることを目指しましょう。
なぜ「待つこと」が難しいのか? 行動の背景にある特性への深い理解
発達障がいのあるお子さんが「待てない」のには、いくつかの特性が影響していると考えられます。これらの特性を理解することが、適切なサポートの第一歩となります。
- 衝動性の高さ: 興味や欲求がすぐに湧き上がり、それを満たすまでじっとしていられない、行動に移す前に結果を予測することが難しい場合があります。これが、順番を待てずに割り込んでしまったり、指示が終わる前に動き出してしまったりといった行動につながることがあります。
- 時間感覚の捉え方: 抽象的な「少し待って」「後でね」といった時間の概念を理解するのが難しい場合があります。具体的な時間の長さが感覚的に掴めないため、「いつまで待てばいいのだろう」という不安や混乱が生じ、「待てない」につながることがあります。
- 将来の見通しを立てることの難しさ: 「待った先に何があるのか」「待つことにはどんな意味があるのか」といった、行動と結果のつながりや将来の見通しを持つことが難しい場合があります。見通しが立たないと、待つことのモチベーションが保てず、耐えられなくなってしまうことがあります。
- ワーキングメモリ(作業記憶)の課題: 待っている間に、最初に指示されたことや待つ目的を覚えておくのが難しい場合があります。他の刺激が入ってくると、本来待つべき状況を忘れてしまったり、注意が逸れてしまったりすることがあります。
- 感覚処理の特性: 待っている間の「退屈さ」や周囲の刺激(音、光など)に対する感覚過敏・鈍感さも、じっとして待つことを困難にする要因となることがあります。
これらの特性は一つだけが単独で現れるわけではなく、複雑に絡み合っていることが多いです。お子さんの「待てない」行動を「困った行動」として見るのではなく、「これらの特性が原因で、待つことに困難を感じているんだな」と理解する視点を持つことが大切です。
家庭で育む具体的な「待つ力」の応用ヒント
お子さんの「待てない」行動への対応は、単に我慢させるのではなく、「待つためのスキル」を段階的に教えていく、という視点が重要です。基本的な声かけやルール設定に加えて、一歩踏み込んだ応用的なサポート方法を試してみましょう。
1. 「待つ」を見える化する
抽象的な時間を具体的な形で見せることで、お子さんは待つ時間の長さや終わりを予測しやすくなります。
- 視覚的なタイマーの活用: 砂時計、残り時間が色で減っていくタイプのタイマー、デジタルタイマーなど、お子さんが理解しやすいものを選びましょう。タイマーを使う際は、「この砂が全部落ちたら(この色が全部なくなったら)おしまいだよ」と具体的に伝えます。
- 「待ちリスト」「待ちボード」: やりたいことや要求をすぐに叶えられない場合、「○○ちゃんの番」「△△の次は□□」のように、順番や流れを絵や文字でリスト化・ボード化して提示します。「今はこれだから、次は○○だよ」と指差し確認することで、見通しを持つサポートになります。
- 絵カードや写真の活用: 「待つ」という行動そのものを表す絵カード(椅子に座って待っている絵など)を用意し、待ってほしい時に提示するのも効果的です。「このカードが出ている時は、待つ時間だよ」とルール付けすることで、指示が入りやすくなることがあります。
2. 短い成功体験を積み重ねる
最初から長い時間待たせるのは難しいので、成功できる短い時間から始め、徐々に時間を延ばしていくことが重要です。
- 「10秒待ってみよう」からスタート: まずは「このおもちゃ、10秒だけ手で隠しておくから、10秒数えたら渡すね」など、ごく短い時間から始めます。成功したら大げさに褒め、「10秒待てたね!すごい!」と具体的に声かけします。
- 待つ時間に応じて「ご褒美」を設定: 待てた時間や状況に応じて、お子さんが喜ぶご褒美(シール、特別なおやつ、好きな遊びの時間など)を設定します。これにより、「待つこと」がポジティブな経験として記憶されやすくなります。ただし、物のご褒美に頼りすぎず、達成感や褒め言葉も併用しましょう。
- 「待ち時間」の質を向上させる: 待っている間、全く何もない状態だと困難さが増します。お子さんが退屈せずに待てるように、好きな絵本を1冊だけ持たせておく、簡単なパズルをさせる、静かにできる指遊びを教えるなど、待っている時間を紛らわせる工夫も有効です。
3. ポジティブな声かけと具体的なフィードバック
「待てないでしょう!」と叱るのではなく、「待てたね!」という成功体験を具体的に承認することが、次につながります。
- 具体的に褒める: 「ちゃんと椅子に座って待てたね」「タイマーが鳴るまで待てたね、すごい!」「お友達が話し終わるまで聞けたね、えらい!」など、行動を具体的に言葉にして褒めます。
- 待てた結果を伝える: 「待っててくれたから、すぐにお支度できたね」「順番を守って待てたから、すぐに滑り台できたね」のように、待ったことによって良い結果が得られたことを伝えます。待つことの「意味」や「価値」を経験を通して学びます。
- 失敗した時も責めすぎない: 待てなかった時も、「待つのが難しかったね」「大丈夫、次はもう少し頑張ってみようか」と寄り添い、次にどうすれば良いかを具体的に示します。「次はタイマー見てみようね」「絵本を読みながら待ってみようか」など、解決策を一緒に考えます。
4. 待つこと以外の選択肢を示す
状況によっては、必ずしも長時間待たせる必要がない場合もあります。無理なく対応できる代替案を示すことも大切です。
- 「少しだけやらせてあげる」: 次の活動への切り替えが難しい場合など、短い時間(例: タイマーで3分)だけ今の活動を続けさせてから切り替える、という融通も有効です。「あと3分だけね。タイマー鳴ったらおしまいだよ」と見通しを伝えます。
- 「お家で続きをやろうね」: 外出先などで「今はできないけど、お家でならできるよ」と伝え、期待を持たせます。帰宅後、「さっき言ってた○○、やろうか!」と約束を果たすことで、信頼関係も築けます。
ケーススタディ:買い物中に「あれ買って!今すぐ!」と要求する場面
お子さんの行動: スーパーでカートに乗るのを嫌がり、勝手に走り回ったり、目についたものを片っ端から欲しがって泣き叫んだりする。特にレジに並んでいる間に我慢ができず、混乱してしまう。
背景の理解: カートに乗る=行動が制限されることへの抵抗、視覚的な刺激(商品)に対する衝動性、待つことの見通しの立たなさ、レジ待ちという「待つ時間」の長さや変化への困難さなどが考えられます。
家庭での応用ヒント:
- 事前準備:
- 行く前に今日の買い物リスト(絵や写真付き)を見せ、「これだけ買うよ」と見通しを伝えます。
- お子さんの好きなキャラクターのイラストなどがついた、自分用の小さな買い物かごや袋を用意し、「○○君(ちゃん)のお手伝いかごだよ」と責任感を持たせる工夫も有効です。
- 退屈しないように、小さなおもちゃや絵本を一つだけ持って行けるルールを決めます。
- 買い物中の声かけ・サポート:
- カートに乗るのが難しければ、手をつないで歩く、お店によっては子供用カートを使うなど、安全を確保しつつ無理のない方法を選びます。
- 欲しいものを発見した際は、すぐに買い与えるのではなく、「見つけたね!かわいいね。これはリストにないから、今回は買わないよ。お家で帰ってから、カタログで見てみようか」など、理由を伝えたり、代替案を示したりします。
- 「今すぐ!」の要求に対しては、「そうだね、すぐ欲しい気持ちになるね。でも、お約束だから今日は買わないんだ。リストにあるものだけにするよ。帰りにお家で絵本を見ようね」のように、気持ちを認めつつ、ルールと見通しを伝えます。
- レジ待ちの工夫:
- できるだけ空いている時間帯を狙う、セルフレジを利用するなど、待つ時間を短縮する工夫をします。
- 並んでいる間は、持ってきたおもちゃや絵本で静かに過ごす、買っているものの数を数える、周囲の人や物を観察する(「あの人のカートには何が入ってるかな?」など、ゲーム感覚で)など、注意をそらす活動を促します。
- タイマーアプリを使い、「このタイマーが鳴ったら、レジの人にお金を払う番だよ」と示すのも有効です。
- 少し待てたところで、「タイマーが半分になったね!すごい!」など、中間地点での声かけや承認を忘れません。
- 成功体験の承認:
- 買い物が終わったら、「お店でちゃんと待てたね!」「リスト通りにお買い物ができたね!」と具体的に褒めます。
- 家に帰ってから、ご褒美としてシールを貼る、約束していた絵本を読むなど、ポジティブな結果につなげます。
応用・発展的な視点と連携
「待つ力」を育むことは、社会性や衝動性のコントロール、計画性など、他の様々なスキルの基礎にもつながります。
- 長期的な目標設定: お子さんの発達段階に合わせて、「5分待てるようになる」「順番を待てるようになる」「先生の話が終わるまで座っていられる」など、具体的な目標を設定し、スモールステップで取り組みましょう。
- 学校や専門機関との情報共有: ご家庭での取り組みや、お子さんが待つことに対してどのような工夫で成功しやすいか、どのような状況で困難さが増すかなどを学校や放課後デイサービスの先生、療育施設の専門家と共有しましょう。場所によって対応に一貫性を持たせることで、お子さんも混乱しにくくなります。特に、学校での集団行動や授業中の「待つ」場面での困りごとについて情報交換し、連携してサポート方法を検討することは非常に有効です。
- ペアレントトレーニングの要素を取り入れる: ポジティブな注目を増やす、具体的な指示を出す、望ましい行動を強化するなど、ペアレントトレーニングで学ぶスキルは、「待つ力」を育む上でも応用できます。関連書籍を読んだり、地域のペアレントトレーニング講座に参加したりすることも検討してみましょう。
- お子さん自身の自己理解を促す: 少し大きくなったら、「あなたは、待つのが少し難しい時があるね。でも、タイマーを見たり、他のことを考えたりすると、少し待てるようになるね。これはあなたの得意なやり方だね。」のように、お子さん自身に「待つことが苦手な自分」と「待つための工夫ができる自分」がいることを理解してもらう声かけも有効です。「自分のトリセツ」作りにもつながります。
- 専門家への相談: どうしても「待てない」行動が改善せず、日常生活に大きな支障が出ている場合や、お子さん自身が非常に困っている様子が見られる場合は、抱え込まずに専門機関(児童発達支援センター、相談支援事業所、医療機関など)に相談することも検討してください。専門家のアドバイスやサポートは、解決の糸口となることがあります。
まとめ
発達障がいのあるお子さんにとって、「待つこと」は練習が必要なスキルです。その背景には、衝動性や時間感覚、見通しの難しさなど、様々な特性が影響しています。これらの特性を理解し、お子さんのペースに合わせて、視覚的なサポートを活用したり、短い成功体験を積み重ねたり、ポジティブな声かけを意識したりすることで、「待つ力」を家庭で育むことができます。
この道のりは一朝一夕にはいかないかもしれませんが、一つ一つの小さな成功を親子で喜びながら、根気強く取り組むことが大切です。ご紹介した応用的なヒントが、日々の生活の中で、お子さんの「待つ力」を育み、社会とのつながりを豊かにするための一助となれば幸いです。そして、決して一人で抱え込まず、必要に応じて学校や専門機関と連携し、周囲のサポートも積極的に活用してください。