【経験者向け】発達障がい児の膨大な情報の中から「必要な情報」を選び取る力を育む応用的な家庭療育
はじめに:情報過多の時代を生きる発達障がいのお子さんへのサポート
日々の生活は、目や耳から入ってくる膨大な情報に溢れています。私たち大人でも、この情報を選び取り、整理することに難しさを感じる場面があるかもしれません。発達障がいのあるお子さんの場合、特性によって、この「情報の選別」「整理」「注意の配分」といった認知機能に違いがあることがあり、多くの情報に圧倒されたり、何に注意を向けたら良いか分からなくなったりすることが少なくありません。
これらの特性は、決して「問題」ではなく、お子さんの脳の機能の自然なあり方であり、ユニークな個性の一部として理解することが大切です。しかし、学校での学習、家庭での指示理解、友達とのコミュニケーションなど、日常生活の様々な場面で困難に繋がることも事実です。
本記事では、発達障がいに関する基本的な知識をお持ちの保護者の皆様に向けて、お子さんが情報過多に圧倒されず、必要な情報を選び取り、整理する力を育むための、家庭で実践できる具体的かつ応用的なサポート方法や声かけのヒントをご紹介します。お子さんの「わかる」「集中する」を助け、自信を持って社会と関われるようになるためのステップを一緒に考えていきましょう。
なぜ情報を選び取るのが難しいのか?お子さんの認知特性を理解する
発達障がいと一口に言っても多様な特性がありますが、情報の処理という点では、以下のような傾向が見られることがあります。
- 情報の洪水に圧倒されやすい: 全ての情報が等しく重要に感じられ、優先順位をつけるのが難しい。
- 細部に注意が向きやすい/全体像を捉えにくい: 木を見て森を見ず、のように、特定の気になる細部に強く惹きつけられ、文脈や全体像を見失うことがある。
- 注意の切り替えや持続が難しい: 一つのことに集中しすぎる、あるいは注意があちこちに飛びやすい。
- ワーキングメモリ(一時的な情報保持・処理能力)の違い: 聞いたこと、見たことを一時的に覚えておき、それを使って作業を進めることに難しさを感じることがある。
これらの特性があるため、例えば「宿題をして、明日の準備をして、お風呂に入ってね」といった複数の指示や、「今日の給食はね、とっても美味しかったんだよ。特に唐揚げがサクサクでね…それでね、その後にね…」といった詳細で順序立てられていない話を聞くとき、お子さんは混乱しやすくなることがあります。
お子さんが情報処理に難しさを感じているサインとしては、指示を聞き返したり、指示と全く違う行動をしたり、話の途中で上の空になったり、特定の情報に過剰に反応したりすることが挙げられます。これらの行動を「言うことを聞かない」「集中力がない」と捉えるのではなく、「今、情報の処理に困っているんだな」と理解することからサポートが始まります。
家庭でできる具体的なサポート:情報を選び取り、整理する力を育む
ここからは、家庭で実践できる具体的なサポート方法をご紹介します。お子さんの年齢や特性、その日の状況に合わせて調整してください。
1. 環境を「情報整理のヒント」にする
- 視覚的な手がかりを多用する:
- ラベリング: モノの収納場所には、写真やイラスト付きのラベルを貼ります。「おもちゃ」「本」「靴下」など、視覚的に分かりやすく示すことで、どこに何があるか、どこに戻すかという情報を整理しやすくなります。
- 整理整頓の仕組み化: 物の定位置を決め、片付けの手順を視覚化(イラストや写真で表示)します。これにより、「片付ける」という漠然とした行動が、「おもちゃをこの箱に入れる」「本をこの棚に戻す」といった具体的なステップに分解され、情報が整理されます。
- タスクリストやスケジュール表: やるべきことや一日の流れを文字だけでなく、絵や写真、色分けなどを使って視覚的に示します。これにより、次に何をするべきかという情報が明確になり、優先順位を理解しやすくなります。達成したらチェックを入れるなどの工夫も有効です。
- 刺激をコントロールする:
- 作業スペースはできるだけシンプルにし、気が散るものを置かないようにします。
- BGMやテレビは消すなど、聴覚的な情報刺激を減らす配慮も有効です。
2. 情報の提示方法を工夫する
- 指示は短く具体的に、一度に一つ: 複数の指示を出すときは、一つずつ区切って伝えます。お子さんが一つ目の指示を終えたら、次の指示を伝えます。
- 声かけ例:
- 「まず、このおもちゃを箱に入れてください。」(できたら)「ありがとう。次に、手洗いに行きましょう。」
- 「靴下を履こうね。」(できたら)「次は靴を履こうね。」
- 声かけ例:
- 重要な情報に焦点を当てる: 話すときは、最も伝えたい結論や重要なポイントから先に伝えます。詳しい説明はその後にします。
- 声かけ例: 「今日は図書館に行きます。その前に、ご飯を食べましょう。」(まず結論を伝え、次にやることを明確にする)
- 視覚的な補助を使う: 言葉だけでなく、指差し、ジェスチャー、実物、絵カード、文字などで補助します。例えば、「あれを取って」ではなく、「テーブルの上の赤いクレヨンを取って」と具体的に伝え、さらに赤いクレヨンを指差すなどします。
- 話すスピードや間の取り方を意識する: 少しゆっくり目に話し、お子さんが情報を処理する時間を与えます。理解できているか、途中で短い確認を入れることも有効です。
- 肯定的な言葉を選ぶ: 「〜しない」という禁止よりも、「〜しようね」「〜すると良いよ」といった肯定的な言葉で伝えます。
3. 「選ぶ」練習を取り入れる
- 選択肢を限定する: 多くの選択肢があると混乱しやすい場合、最初から選択肢を2〜3個に絞って提示します。
- 声かけ例: 「おやつはクッキーとゼリー、どっちがいい?」「今日着たい服は、この青いTシャツと、こっちの黄色のシャツ、どっちにする?」
- 「一番大切なもの」を見つける練習: 絵を見て「この絵の中で一番目立つものは何かな?」、お店で買い物をする際に「今日買うものの中で、絶対に忘れてはいけないものは何?」など、情報の中心や目的を意識する声かけをします。
- 情報の分類・グループ分け: 使ったものを種類ごとに分ける(おもちゃ、文房具など)、買ってきた食品を冷蔵庫と戸棚に分ける、洗濯物を色物とそうでないものに分けるなど、日常生活の中で分類やグループ分けの機会を作ります。これは情報を整理する練習になります。
4. 集中と切り替えをサポートする
- 短時間集中と休憩のサイクル: 一度に長時間集中するのが難しい場合、短時間(例:10分)集中したら短い休憩(例:5分)を挟むなど、タイマーを使ってリズムを作ります。ポモドーロテクニックのような考え方を応用するのも良いでしょう。
- 「今やること」を明確にする: 「これが終わったら次はこれ」という流れを事前に伝えたり、視覚的に示したりします。一つの活動が終わったら、「よくできたね、次はこれだよ」と声かけし、スムーズな切り替えを促します。
- ポジティブな声かけ: 集中できた時間や、情報の中から必要なものを選び取れた行動(例:「今日の献立表をちゃんと見て、カレーだって分かったんだね!」)を具体的に褒めます。「よく集中できたね」「自分で必要なものを選べたね、すごいね」といった声かけは、お子さんの自信とモチベーションに繋がります。
応用・発展的な視点:長期的な自立に向けて
情報を選び取り、整理する力は、学習だけでなく、将来の自立した生活にも繋がる重要なスキルです。
- 自己理解を深めるサポート: お子さん自身が、「自分は一度にたくさんのことを言われると分かりにくい」「たくさんの選択肢があると迷う」といった自分の情報処理の特性に気づき、周囲に伝えられるようになることを目指します。絵や言葉を使って、自分の得意なこと・苦手なことを表現する練習をすることも有効です。
- 学校や専門機関との連携: 家庭での工夫や、お子さんが情報処理に困っている様子の共有は、学校の先生や放課後等デイサービスの支援員がお子さんへの関わり方を調整する上で非常に役立ちます。具体的な困りごとや、家庭で試して効果があった声かけや方法を具体的に伝えてみましょう。
- デジタル情報の扱い方: 年齢が上がると、インターネットやSNSなど膨大なデジタル情報に触れる機会が増えます。必要な情報とそうでない情報、信頼できる情報とそうでない情報を見分ける力を、保護者が一緒にメディアに触れながら育んでいくことも大切です。例えば、「このサイトの情報は、誰が書いているか確認してみようね」「このニュースは、他のニュースでも同じことを言っているか調べてみようね」など、批判的な視点を持つヒントを与えます。
まとめ:個性を活かし、情報との良い関係を築くサポート
発達障がいのあるお子さんが情報を選び取り、整理することに難しさを感じるのは、その子の個性的な認知特性ゆえです。この特性を否定するのではなく、理解し、受け入れた上で、家庭でできる具体的な工夫や声かけを通して、お子さんが情報と上手に付き合っていく力を育むことが大切です。
環境を構造化し、情報の提示方法を工夫し、「選ぶ」練習を取り入れ、集中と切り替えをサポートする。これらの応用的なヒントを根気強く続けることで、お子さんは少しずつ、情報過多に圧倒されず、必要な情報に焦点を当てて行動できるようになっていきます。
焦らず、お子さんのペースに合わせて、小さな成功を積み重ねていきましょう。そして、保護者一人で抱え込まず、専門機関や学校、同じ悩みを持つ他の保護者と情報を共有し、連携していくことも忘れないでください。お子さんのユニークな個性を大切にしながら、情報とのより良い関係を築くサポートを続けていきましょう。