【応用編】発達障がいのあるお子さんの抽象概念理解を深める家庭での具体的なヒントと声かけ
はじめに
発達障がいのあるお子さんは、物事を具体的・直接的に捉えることが得意な一方、「時間」「気持ち」「未来」といった形がなく、目に見えない抽象的な概念の理解に難しさを感じることがあります。これは、お子さんの理解不足ではなく、情報処理の特性によるものです。
基本的な特性への理解をお持ちの保護者の皆様は、お子さんの成長とともに、より複雑な抽象概念や社会的なルールの理解につまずく場面に直面し、これまでの具体的な指示だけでは対応が難しいと感じることもあるかもしれません。
この記事では、発達障がいのあるお子さんが抽象的な概念をより深く理解できるよう、家庭で実践できる一歩踏み込んだ具体的なサポート方法や声かけのヒントをご紹介します。お子さんの「分からない」を「なるほど」に変えるための、応用的な視点を提供できれば幸いです。
なぜ抽象概念の理解が難しいのか
発達障がい、特に自閉スペクトラム症のあるお子さんは、情報を全体的に捉えるよりも、細部に注目したり、具体的な事柄を結びつけて理解したりする傾向があります。そのため、以下のような特性が抽象概念の理解を難しくすることがあります。
- 具体的思考: 目に見えないもの、触れられないもの、形がないものをイメージしにくい。
- 時間認識の難しさ: 過去・現在・未来といった連続的な時間の流れや、相対的な時間の長さ(「少し」「長い時間」など)を把握しにくい。
- 他者の視点理解の難しさ(心の理論): 他の人が自分とは違う考えや感情を持っていることを推測したり、その場の状況から他者の気持ちを読み取ったりすることが難しい場合がある。
- 言葉の文字通りの理解: 比喩や皮肉、曖昧な表現を文字通りに受け取ってしまう。
- 状況判断の難しさ: その場の雰囲気や文脈から、適切な行動や言葉を選択することが難しい。
これらの特性を踏まえ、お子さんが抽象概念を理解するためには、見えないものを「見える化」したり、具体的な経験と結びつけたりするサポートが必要になります。
家庭でできる抽象概念理解のための具体的なサポート方法
ここでは、いくつかの代表的な抽象概念に焦点を当て、家庭で実践できる具体的なサポート方法と声かけ例をご紹介します。基本的な視覚化ツールの利用から一歩進んだ応用的なアプローチを含みます。
1. 「時間」や「未来」「過去」の概念
時間や未来、過去は目に見えません。これを理解するために、視覚的なツールは非常に有効です。
- 視覚的な時間管理:
- デジタルタイマー、砂時計、時間経過を色や形で示すタイマー(タイムタイマーなど)を使用し、「あと〇分で終わり」を視覚的に伝えます。これは基本的な方法ですが、慣れてきたら「長い時間」「短い時間」といった相対的な感覚を、それぞれのタイマーを複数並べて見せるなどして比較しながら伝えてみましょう。
- カレンダーやスケジュール表を日常的に使用し、「今日の次が明日」「この前が昨日」といった時間の流れを意識させます。週末の予定、次のイベントなどを具体的に書き込み、「〇〇があったのは昨日だね」「△△は明後日だよ」と声かけします。
- 応用的な声かけ例:
- 「時計の長い針が数字の〇にきたら、お片付けだよ。今はここ(針の位置を指差す)だから、あとこれくらい(残り時間を指差す)かな。」
- 「今日はおじいちゃんの家に遊びに行ったね。これは今日のこと。じゃあ、昨日、お外で遊んだのは過去のことだね。」
- 「来週は運動会があるね。運動会が終わったら、次は〇〇があるよ。まだ少し先の、未来のことだね。」(カレンダーで指差しながら)
- 「このおもちゃであと少し遊んだら、ご飯にしよう。短い時間だよ。」「長い間おもちゃを片付けずにいたね。これは長い時間だよ。」(タイマーを見せながら)
2. 「気持ち」や「感情」の概念
他者の気持ちや自分の気持ちを理解することは、社会生活において非常に重要です。
- 感情の「見える化」と具体例:
- 「嬉しい」「悲しい」「怒っている」などの感情を表す絵カードや写真を用意し、それぞれの表情や状況と結びつけて教えます。「この顔は『嬉しい』顔だよ。プレゼントをもらって嬉しいんだね。」
- お子さん自身や家族の日常的な言動について、「今、ママは〇〇してくれて、嬉しい気持ちだよ。」「おもちゃが壊れて、あなたは悲しい気持ちなんだね。」とその場で具体的に声かけ、感情と言葉、状況を結びつけます。
- 応用的な声かけ例:
- 「絵本に出てくるクマさんは、お友達におもちゃを取られちゃったね。クマさんはどんな気持ちかな? 顔を見てみて。口が『へ』の字になっているから、悲しい気持ちかな。」
- 「お友達に『貸して』って言わずに取っちゃったね。取られたお友達は、どんな気持ちになったと思う? もしかしたら、嫌な気持ちになったかもしれないね。自分が同じことをされたら、どんな気持ちになるかな?」
- 「あなたは今、大きな声を出しているね。何が嫌だったの? その嫌な気持ちを、『〇〇だから嫌だった』って言葉で教えてくれると嬉しいな。」(自分の気持ちを言語化するサポート)
3. 「ルール」や「社会的な約束」の概念
学校や社会には様々なルールがありますが、その「なぜそうなのか」「状況によってどう変わるのか」といった抽象的な部分は理解しにくいことがあります。
- ルールの目的・背景の具体化:
- 単に「~してはいけません」と伝えるだけでなく、「なぜそうなのか」を分かりやすく具体的に説明します。「走ってはいけません。なぜかというと、転んだら痛いし、他のお友達にぶつかってケガをさせてしまうかもしれないからです。」
- 家庭内のルールも、「ご飯の前に手を洗うのは、手にばい菌がついているかもしれないから、お腹を壊さないようにするためだよ。」のように、目的を伝えます。
- 応用的な声かけ例:
- 「公園では走り回っていいけど、道路では走っちゃだめだよ。どうしてかな? 道路は車が来るから危ないね。場所によってルールが変わることがあるんだよ。」
- 「お友達が話している途中で大きな声を出すと、お友達はびっくりしたり、話を聞いてもらえなかったって悲しい気持ちになるかもしれないね。人が話している時は、終わるまで静かに聞くというお約束があるんだ。」(ルールの背景にある他者の気持ちに触れる)
- 「電車の中では静かにしないといけないね。周りの人が静かに過ごしたいと思っているかもしれないし、アナウンスが聞こえないと困る人もいるからだよ。これはみんなが気持ちよく過ごすためのルールなんだ。」(集団の中でのルールの意味を伝える)
4. 見えない「感覚」や「状態」の概念
「疲れた」「集中している」「落ち着かない」など、自分の内的な状態や感覚も、抽象的で見えにくいものです。
- 内的な感覚・状態の言語化サポート:
- お子さんの様子を観察し、「目がとろんとしているね。もしかして、眠たい気持ちかな?」「集中して絵を描いているね。今、頑張っているね。」などと、感じているであろう感覚や状態を言葉にして伝えます。
- 体調や気分について、「頭が痛い」「お腹が痛い」「ドキドキする」といった言葉と、具体的な体の部位や感覚を結びつけて教えます。
- 応用的な声かけ例:
- 「さっきから体をモジモジさせているね。何か気になることがある? それとも、落ち着かない感じかな?」
- 「宿題を終えて、ホッとした顔をしているね。安心した気持ちになったかな?」
- 「今日はたくさん遊んだから、体が疲れているね。ゆっくり休もうか。」(具体的な行動と内的な状態を結びつける)
サポートを進める上での大切なポイント
- 視覚化と具体化の徹底: 繰り返しになりますが、抽象的な概念は可能な限り視覚的に、具体的な例を通して伝えます。絵、写真、ジェスチャー、物など、様々なツールを活用しましょう。
- 経験と結びつける: 実際の生活の中で、その概念がどのように使われているか、どのような意味を持つかを経験を通して学びます。「雨が降ってきたから、傘をさすんだね。これは未来の自分が濡れないための準備だよ。」
- スモールステップと繰り返し: 一度にたくさんのことを理解するのは難しい場合があります。一つの概念を小さなステップに分けて、根気強く繰り返し伝えていくことが重要です。
- 肯定的な声かけと成功体験: 少しでも理解が進んだり、適切な対応ができた時には、「よく分かったね」「上手にできたね」と具体的に褒め、成功体験を積み重ねることで、学ぶ意欲を引き出します。
- お子さんのペースを尊重: 無理強いせず、お子さんの興味や関心、ペースに合わせて進めましょう。難しそうであれば、一度立ち止まり、より簡単な方法や別の概念に取り組むなど柔軟に対応します。
学校や専門機関との連携
家庭での取り組みと並行して、お子さんが過ごす学校や放課後等デイサービスなどの関係機関と情報共有を行うことも非常に重要です。どのような概念の理解に難しさを感じているか、家庭ではどのようなサポートを行っているかなどを伝え、共通理解のもとで一貫したアプローチができると、お子さんの混乱を減らし、理解を深める助けになります。
専門機関のセラピスト(ST, OT, 公認心理師など)に相談することで、お子さんの特性に合わせたより専門的な視点からのアドバイスや、具体的なトレーニング方法の提案を受けることも可能です。一人で抱え込まず、利用できるサポートは積極的に活用しましょう。
まとめ
発達障がいのあるお子さんの抽象概念の理解をサポートすることは、根気と工夫が必要な取り組みです。「時間」「気持ち」「ルール」といった見えない世界を、視覚化や具体的な経験、繰り返しの声かけを通して「見える化」していくことが、理解を深める鍵となります。
お子さんの「分からない」は、決して能力の問題ではなく、情報の受け取り方の特性によるものです。お子さんのペースに合わせ、スモールステップで、そして何よりも温かいまなざしと肯定的な声かけをもってサポートを続けていくことが大切です。
この記事でご紹介したヒントが、日々の生活の中で、お子さんの世界を広げ、生きづらさを少しでも減らすための一助となれば幸いです。