【応用編】発達障がいのあるお子さんの公共の場での適切な行動を育む:困りごとへの理解と家庭でできる具体的な練習方法
お子さんの成長とともに、地域との関わりや外出の機会は増えていきます。スーパーや病院、電車やバスなどの公共の場は、私たちの日常生活に欠かせない場所ですが、発達障がいのあるお子さんにとっては、様々な困難を伴う場合があります。騒がしい音、予期せぬ出来事、たくさんの人、そして目に見えない「暗黙のルール」など、多くの刺激と情報の洪水の中で、お子さんは戸惑ったり、普段とは違う行動をとってしまうことがあるかもしれません。
これらの行動を単なる「困った行動」として捉えるのではなく、お子さんの特性やその場での環境とのミスマッチから生じる「困りごと」として理解することが、サポートの第一歩です。お子さんが公共の場で安心して過ごし、自信を持って社会に参加できるようになるためには、ご家庭での理解と計画的な練習が非常に有効です。
この記事では、基本的な知識をお持ちの保護者の方向けに、発達障がいのあるお子さんの公共の場での困りごとを深く理解し、ご家庭で実践できる具体的な練習方法や応用的なヒントをご紹介します。お子さんのペースに合わせたステップを踏むことで、少しずつ公共の場での経験をポジティブなものに変えていくことを目指しましょう。
公共の場での「困りごと」を理解する
公共の場がなぜお子さんにとって難しいのか、その背景にある特性を理解することが重要です。主な理由としては、以下のようなものが考えられます。
- 感覚過敏・鈍麻: 騒がしい音、強い光、特定の匂い、人との接触などが苦痛に感じたり、逆に感覚が鈍麻で危険に気づきにくい場合があります。
- 予測の難しさ: 次に何が起こるか、どう行動すれば良いかが見通せず、不安になったり混乱したりします。
- 暗黙のルールの理解困難: 列に並ぶ、大声を出さない、場所に応じた振る舞いをするなど、言葉で明示されない社会的なルールを理解し、適用することが難しい場合があります。
- 衝動性: 感情や衝動をコントロールすることが難しく、その場で思いついた行動をとってしまうことがあります。
- 注意の切り替え困難: 一つのことに集中しすぎて周囲の状況に気づけなかったり、逆に多くの刺激に注意が向きすぎて本来やるべきことに集中できなかったりします。
- コミュニケーションの困難: 自分の要求や気持ちを適切に伝えられず、フラストレーションが募ることがあります。
お子さんの「困りごと」が具体的にどのような状況で、どのような形で現れるのかを注意深く観察しましょう。例えば、「スーパーのレジで待てない」「電車の音が苦手で耳を塞いでしまう」「病院でじっとしていられない」など、場所や状況によって困りごとは異なります。お子さんの特性と、その場の環境、求められる行動との間にどのようなミスマッチがあるのかを把握することが、適切なサポートに繋がります。
家庭でできる具体的な練習方法と応用ヒント
公共の場でのスキルは、一度に全てを習得できるものではありません。お子さんのペースに合わせて、スモールステップで練習を積み重ねていくことが大切です。
1. 事前準備を徹底する
公共の場へ行く前に、これから何をするのか、どこへ行くのか、そこでどのように過ごすのかを、お子さんが理解しやすい方法で伝えましょう。
- 視覚的な情報の活用:
- 行く場所の写真や絵カードを見せる。「ここはスーパーです。ここで食べ物を買います。」
- その場所での一日の流れを視覚的に提示する(スケジュール表やチェックリスト)。「①お店に入る -> ②カートを押す -> ③お買い物をカゴに入れる -> ④レジに並ぶ -> ⑤お会計 -> ⑥お店を出る」のように具体的に。
- 場所ごとのルールやマナーを絵や短い言葉で示す。「しずかにする」「いすにすわる」など。
- ソーシャルストーリーの作成・活用: 公共の場での特定の状況における適切な行動について、お子さん自身の視点から短いストーリー形式で説明します。これにより、状況の理解と望ましい行動への見通しを持つことができます。
- 例:「電車に乗る時は、たくさんの人がいます。座席が空いていたら座れます。空いていなかったら、手すりを持って立ちます。電車の中では、静かに過ごします。大きな声でおしゃべりはしません。次の駅に着いたら、ドアが開きます。降りる人が先です。降りたら、改札を出ます。」
- 目的とルールの共有: なぜそこへ行くのか(例:「今日の晩御飯の材料を買いに行くよ」)と、その場所での最低限守ってほしいルール(例:「お店の中は走らない」「触る前にお家の人に聞く」)を具体的に伝えます。
- 持ち物の工夫: お子さんの感覚を調整できるもの(ノイズキャンセリングヘッドホン、お気に入りのおもちゃ、噛むおもちゃなど)や、待ち時間などに集中できるもの(本、小さなお絵かき帳など)を準備し、安心材料とします。
2. 練習はスモールステップで
最初から長時間や難しい場所へ行くのではなく、成功体験を積み重ねられるように計画します。
- 慣れた場所から短い時間で: まずは近所の公園や、慣れているお店などに短い時間だけ行ってみることから始めます。
- 目標を一つに絞る: 例:「スーパーで、カゴの中にリンゴを自分で入れる」「バス停で座ってバスを待つ」など、一度に複数のことを求めず、具体的な一つの行動目標を設定します。
- 役割を与える: お子さんに簡単な役割(例:「〇〇をカゴに入れる係」「切符を出す係」)を与えると、目的意識を持って取り組めることがあります。
- 具体的な声かけ: 抽象的な指示ではなく、具体的で肯定的な声かけを心がけます。
- NG例:「ちゃんとしなさい!」
- OK例:「ここで立ち止まって待っていようね」「静かに座って絵本を見ていようか」「この電車に乗るよ。黄色い線の後ろで待ってね。」
- 望ましくない行動が見られたら、代わりに何をするべきかを具体的に伝えます。「走りたい気持ちになるね。でもここは走る場所じゃないから、歩こうね。」
- 望ましい行動への注目と強化: 目標とした行動や、少しでも頑張っている姿が見られたら、すぐに具体的に褒めます。「自分でカゴにリンゴを入れられたね、すごい!」「電車の中で座って待っていられてえらいね。」
3. 困った時の対応と事後振り返り
外出中に予期せぬ状況になったり、お子さんがパニックになりそうになったりすることもあるかもしれません。
- クールダウン方法を決めておく: 事前に「困ったらどうするか」を話し合っておき、静かな場所に移動する、持ってきた感覚グッズを使う、深呼吸をする、などの方法をお子さんと共有しておきます。
- 代替行動の練習: 例えば、順番を待てずに割り込んでしまう傾向がある場合、「待つ時は、絵本を見る」「待つ時は、指で数を数える」など、代替となる行動を事前に練習しておきます。
- 外出後の振り返り: 自宅に戻ってから、今日の外出についてお子さんと一緒に振り返ります。頑張った点(例:「〇〇くん、お店で走らなかったね、お約束守れたね!」)を具体的に褒め、成功体験を定着させます。難しかった点については、「〇〇が大変だったね。次は、こうしてみようか。」と、次回の対策を一緒に考えます。これは反省ではなく、より良くするための建設的な話し合いとして行います。
応用的な視点と長期的な成長
公共の場でのスキルは、単にルールを守るだけでなく、将来の自立や社会参加に繋がる大切な力です。
- ルールの「なぜ?」を伝える: ある程度理解力が育ってきたら、「なぜ電車の中では静かにするのかな?」「なぜレジで並ぶのかな?」など、ルールやマナーの背景にある理由(他の人の迷惑にならないため、みんなが気持ちよく過ごすためなど)を分かりやすく伝えます。これにより、表層的なルールだけでなく、その意図を理解し、状況に応じて応用する力を育みます。
- 自己調整力を育む: 自分で自分の状態(落ち着いているか、イライラしているかなど)に気づき、自分で気持ちを切り替えたり、クールダウンしたりする方法を一緒に見つけていきます。「イライラしてきたら、どうしたら落ち着けるかな?」とお子さんに問いかけ、具体的な方法(深呼吸、場所を移動するなど)を提案・練習します。
- 失敗を恐れず、学びの機会に: うまくいかなかった経験も、次に繋がる学びの機会として捉え直します。「今日は難しかったね。〇〇が大変だったかな?次は△△を試してみようか。」と、非難するのではなく、改善策を一緒に考えます。
- 年齢や目標に合わせた調整: 小さい頃は安全に外出することを目標にするかもしれませんが、大きくなるにつれて、自分で買い物をする、公共交通機関を利用するなど、より自立的な行動を目標にしていきます。お子さんの成長や興味関心に合わせて、目標や練習内容を柔軟に調整しましょう。
周囲との連携とサポートを大切に
公共の場での練習は、ご家族だけで抱え込む必要はありません。
- 家族以外との練習: 祖父母や信頼できる友人と一緒に外出する機会を設けることで、様々な状況での振る舞いを学ぶことができます。
- 専門機関への相談: お子さんの困りごとが強く、家庭での対応だけでは難しい場合は、療育施設、児童発達支援センター、専門医、相談支援専門員などに相談しましょう。お子さんの特性に合った具体的なアドバイスや、外出訓練などのプログラムを提案してもらえることがあります。
- サポートを求めることへの肯定: 保護者自身も無理せず、疲れたり困ったりした時は、遠慮なく周囲や専門機関にサポートを求めましょう。保護者が心身ともに健康であることは、お子さんのサポートを続ける上で非常に重要です。
まとめ
発達障がいのあるお子さんの公共の場での「困りごと」は、決して特別なことではありません。それはお子さんの持つユニークな特性が、特定の環境の中で現れているだけです。この記事でご紹介したような、困りごとの理解、具体的な事前準備、スモールステップでの練習、そして応用的な視点を取り入れることで、お子さんは少しずつ公共の場での経験を積み重ね、自信を育んでいくことができます。
時間はかかるかもしれませんが、焦らずにお子さんのペースに寄り添い、成功体験をたくさん積ませてあげてください。そして、もし困難に直面しても、それは学びの機会と捉え、粘り強く、しかし柔軟に取り組んでいきましょう。お子さんが社会の中で自分らしく、安心して過ごせるようになることを願っています。そして、そのプロセスをサポートするご自身も大切にしてください。